部員1000人未満の3県が、3年間やってきたこと

2026年8月9日、兵庫県西宮市の甲子園プラスで「高校野球200年構想ミーティング2026夏」が開かれた。 登壇したのは、プロでも強豪校の主将でもない、鳥取・徳島・高知の高校生たちだ。

この3県には共通点がある。2023年度時点で、都道府県別の硬式野球部員数が1000人を下回っていることだ。 日本高野連はこの3県を「3カ年重点支援事業」の対象とし、2024年度から3年間、普及・振興のための助成を重点的に行ってきた。 今回のミーティングは、その3年間の取り組みを、当事者である高校生自身が報告する場だった。

アナウンサーのヒロド歩美さんが司会を務め、3県の生徒たちがスライドを使いながら自分たちの活動を語り、 各県の高野連理事長が3年間を総括した。会場には他県の高野連関係者も詰めかけ、 メモを取りながら発表に耳を傾けていたという。

鳥取:まずは「保育園」から始めた

鳥取西の部員たちが紹介したのは、「一校一園制度」という取り組みだ。 中国地区の各県で行われているこの制度は、各校が近隣の幼稚園・保育園と交流するというもの。 鳥取西は近くの保育園を訪れ、野球未経験の子どもたちの目線に合わせながら、 ボール遊びに興味を持ってもらえるよう工夫してきたという。

少年野球チームとの交流や、「高校生と野球やろうぜ!」と名づけた子ども向けイベントも行われた。 部員たち自身がアイデアを出し合い、企画書を作成したという。 2024年から一校一園制度に取り組み始めた鳥取県では、翌年から道具提供の仕組みも始まり、 普及活動の追い風になっているという。

徳島:測定した先に生まれた「あこがれ」

徳島県では、3校の部員が中学生向けの野球教室について報告した。 中でも注目されたのが、球速やスイングスピードを測定しながら行った教室だ。

ディスカッションの中で出た意見は、「測定を通じて、高校生にあこがれを持ってもらうことが、 野球を続ける動機づけになるのではないか」というものだった。 自分の球速やスイングスピードが数値として示されることで、子どもたちは自分の成長を実感しやすくなる。 同時に、教える側の高校生に対する憧れも生まれやすくなる、という指摘だ。

徳島県の部員数はすでに1000人を切っているが、何とか900人台を保っているという。 中学校の部員数もこの10年減っていないといい、この水準を維持していくことが当面の目標とされている。

高知:測定を「継続の入口」に組み込む

高知県が報告した「少年野球ホップステッププロジェクト」は、少年野球チームの小学生を対象に、 体力測定を行った後、レベルアップを目指して基本動作を指導するという内容だった。 測定を、単なる評価ではなく、指導のスタート地点として位置づけている点が特徴的だ。

高知県では他にも、保育園児・幼稚園児向けの「やきゅう体験プロジェクト」や、 部員たち自身が野球部の現状や課題を話し合う「高校野球改革プロジェクト」も並行して行われた。 部員数を増やすことの難しさを認めながらも、「一番大切なことは行動すること」という理事長のコメントが紹介されている。

「測る」が、なぜ継続の動機になるのか

3県の報告に共通していたのは、子どもたちとの接点を「一度きりのイベント」で終わらせず、 継続的な関わりに変えようとする工夫だった。その中で徳島・高知の事例から見えてきたのが、 「測定」という行為が持つ力だ。

自分の数字が見えると、
次も測りたくなる。次も、続けたくなる。

測定は、上達を実感させるだけでなく、「もう一度参加したい」という動機づけにもなる。 これは野球の普及活動に限った話ではなく、稜線-Ryosen-が繰り返し取り上げてきた 「測定を、評価で終わらせず、次の行動につなげる」という考え方とも重なる。 普及の現場でも、同じ原理が働いているということだろう。

この考え方は、他の県の普及活動にも応用できる可能性がある。 大がかりな設備を用意せずとも、ストップウォッチや簡易的な速度測定器があれば、 「自分の数字を知る」という体験は作り出せる。1回限りのイベントで終わらせず、 次に来た時に前回との比較ができる仕組みにしておくことが、継続への鍵になりそうだ。

3県の交流が生んだもの

3県の発表後には、発表者と理事長が参加してディスカッションが行われた。 鳥取の一校一園制度は、加盟校に広く浸透している点が評価され、 高知の高校野球改革プロジェクトは、高校生自身が意見を出し合い実践している点が評価されたという。

3カ年重点支援事業が始まったことで、3県の理事長間での交流も増え、 普及活動についての情報交換が進んでいることも紹介された。 個々の県の取り組みが、県境を越えて共有され始めている。

日本高野連の北村聡会長は、実践に基づく発表への手応えと、 200年構想を推進していく決意を語ったという。 部員数という数字の背景には、こうした一つひとつの地道な工夫の積み重ねがある。