投球は、腕だけで行われるのではない

速い球を投げる選手を見たとき、まず目がいくのは腕の振りです。 ただし、ボールに伝わっている力は、腕だけで生まれたものではありません。

下肢、骨盤、体幹、胸郭、肩甲帯、肩、肘、手指。 これらの部位が協調して働き、ボールへ運動エネルギーを伝えています。

下肢、骨盤、体幹・胸郭、肩甲帯、肩、肘、手指、ボールの順に力が伝わることを示した図。順番だけでなく、タイミングがそろって初めて力が伝わる

このような身体各部位の連動を、運動連鎖、またはキネティックチェーンと呼びます。

見るのは、フォームの形だけではない

投手の動作を確認するとき、見るのはフォームの見た目だけではありません。 各部位が、どのような順序とタイミングで動いているのかを確認します。

同じようなフォームに見えても、動く順番が違えば、ボールに伝わる力は変わります。 逆に、見た目が少し違っていても、順番とタイミングがそろっていれば、力は伝わります。

順番だけでなく、
タイミングがそろって初めて力が伝わる。

下半身が強いのに、球速が上がらないのはなぜか

下半身の筋力が十分にあっても、その力が投球に生かせるとは限らないからです。

軸脚から踏み込み脚への移動、骨盤や胸郭の回旋。 こうした動きが適切に協調しなければ、持っている能力を投球に十分に生かせない可能性があります。

持っていることと、出せること。 コンディショニングとはで触れたこの差が、投球では連鎖の形で表れます。 スクワットの重量が上がっても、その力が投球の場面で使えていなければ、球速には出てきません。

測定の現場では、何を見ているのか

測定の現場では、骨盤や胸郭の回旋運動を、負荷の条件を変えながら確認することがあります。 ケーブル式の器具や、バーベルの一端を固定して回旋動作を行うランドマインといった方法が使われます。

同じ選手でも、負荷を大きくすると回旋の速度が変化することがあります。 軽い負荷では速く回れるのに、負荷を上げると急に遅くなる。あるいは、ほとんど変わらない。 この反応の違いが、手がかりになります。

01 力を発揮する能力 大きな力を出せるかどうか。重い負荷を扱えるかに表れる
02 それを速い動作に生かす能力 出した力を、速い動きの中で使えるかどうか

この二つは別のものです。片方が高くても、もう片方が低ければ、投球の場面では生かしきれません。 どちらが足りていないのかが分かれば、次に何をするかの見当がつきます。

回旋が速ければ、球速も速いのか

同じではありません。

ランドマインでの回旋速度が速いことと、投球時のボール速度が速いことは、同義ではありません。 測定の動作と、投球の動作は違います。 測定で見ているのは、投球を構成する要素の一つであって、投球そのものではありません。

測定で上がった数値を、そのまま球速の話に置き換えてしまうと、見るべきところがずれます。 回旋が速くなったのに球速が変わらないのであれば、連鎖のどこか別の場所に理由があるはずです。 数値は、投球そのものと並べて初めて読めます。

連鎖が切れると、どこに負担が出るのか

腕に集まりやすくなります。

トレーナーの和田照茂氏は、稜線 Ryosenへの 寄稿の中で、 疲労によって投球動作が崩れると、それまで全身で生み出していた力を腕だけで補おうとすることがあり、 その状態で投げ続ければ肩や肘への負担が大きくなる、と書いています。

連鎖というのは、前の部位の仕事が足りなければ、後ろの部位がその分を引き受ける、という構造でもあります。 投球では、後ろにあるのが肩と肘です。 だから、肩や肘に痛みが出たときに、肩と肘だけを見ても理由が見つからないことがあります。

「正しい順番」は、全員に共通するのか

特定の動作順序が、すべての投手に共通する正解というわけではありません。

体幹の回旋がどのタイミングで起きるかは、肩や肘にかかる負担と関係があると考えられています。 ただし、そこには個人差があり、何をどう測るかによっても結果は変わります。 「この順番が正しい」と一つに決めて全員に当てはめることは、できません。

見るべきなのは、教科書どおりの順番になっているかどうかではなく、 その選手の中で、力が無理なくつながっているかどうかです。 どこかに不足があれば、別の部位がそれを肩代わりします。 投球では、その肩代わりが腕に集まりやすくなります。

運動連鎖とは、結局なにを指すのか

力を順番に伝えるだけではありません。 身体全体が、必要なタイミングで協調することです。

順番は、図にすれば一本の線で書けます。 しかし実際に起きているのは、それぞれの部位が、それぞれのタイミングで働き、 次の部位が動き出す前に仕事を終えている、という重なりです。 そのどこかがずれると、全体としての出力は下がります。

どう見るか、どう測るかについては、 回旋分析が野球に効く理由とはで扱っています。 また、連鎖が崩れたときに腕へ負担が集まる話は、トレーナーの和田照茂氏が 寄稿の中で書いています。

NOTE

本稿は、運動連鎖という言葉の意味と考え方を整理した解説記事です。 特定の方法や器具、サービスの効果を示すものではありません。 痛みや体調に関する判断は、医療従事者にご相談ください。